前回の記事はコチラ。
まずは前提からお話させてください。
遡ること、2020年。
コロナ禍の真っ只中、ほぼ絶縁状態だった父からの連絡がきっかけでした。
僕には、皆んなと同じようにもれなく父と母がいて、
そして父方・母方それぞれに祖父母がいます。
(※急に当たり前の話ですが、腰を折らずにお付き合いください※)
両家の祖父母のうち、父方の祖父だけは会ったことがありませんでした。
というのも、僕が生まれる前に祖父母は離婚しており、
父から祖父の話を聞いたこともなく、
震災を機に祖母と同居した際に尋ねても、
「知らん。■■(叔母)が生まれてすぐ亡くなった。」
とだけ。
祖母の様子からも、それ以上は触れてはいけない空気があり、
某魔法使いの“名前を呼んではいけないあの人”のような扱いで、
子どもながらに、それ以降は聞かないようにして生きてきました。
ちなみに祖父母は、2度結婚して2度離婚しています。
この時点で、戦後の家族構成としてはなかなか聞かない婚姻事情。
余談ですが……見事な離婚家系です。
祖母 × 2
叔母 × 1
父 × 1
僕 × 3 ← もうやめとけ
そんな祖父について、断片的に知っていた情報は――
・神戸駅前のパン屋出身
・飲んだくれ
・昼間、家にいた
……断片的すぎるやろ。笑
前置きが長くなりましたが、
そんな祖父のことを、前出の父からの連絡をきっかけに手繰り寄せることになりました。
その時に知ったのは、
・祖父は、僕が生まれたときにはまだ存命だったこと
・亡くなったのは神戸市内だったこと
この二つは、僕にとって衝撃でした。
と言うことは、祖母の言う
”叔母が生まれてすぐ亡くなった”ではなかったこと。
しかも、生前は僕の住んでいる町の近くで生活していたこと。
なんと言うか…
家族との付き合い方を察するに、さぞかし不器用な人だったんやろうな、と思うと、
自分も祖父に似たのかな、と不思議な親近感が湧きました。
実の祖父なんやから、そらそうやろ、という話ですが。笑
そんな経緯があり、近くにいたのに会えなかった分、
もし墓がなくても、納骨や何かの手がかりがあれば、
孫として線香をあげるなり、手を合わせたい。
そう思い、父に調べてもらいましたが、
当時の大家さんも家主さんもすでにおらず、
住んでいたとされる建物も建て替えられており、
そこで情報は途絶えました。
それでも、墓や骨がなくても、孫の僕が祖父を想うことに意味がある。
そう思い、二度と忘れないと誓いました。
井口 宏。
破天荒でめちゃくちゃな人だったそうですが、
負けず劣らず破天荒な人生を歩んでいる孫です。
あなたを忘れません。

僕が似たのなら、
あなたにもきっと人想いな一面があったと信じています。
実は、祖父のことが気になり始めたきっかけは、
父からの連絡だけではありません。
娘の誕生日でもありました。
娘がいるのは、自分がいるから。
自分がいるのは、父がいるから。
父がいるのは、祖父がいるから。
コロナ禍で緊急事態宣言が発令され、
街も人も美容室も、静まり返ったあの日。
このブログを書き始めるきっかけにもなった、あの静寂の日々。
自分のルーツを辿るうえで、
娘の存在は必要不可欠でした。
娘の誕生日をきっかけに、
祖父の新たな情報を知ることができた。
絶縁状態だった父との関係もそうだし、
出自の家族、自分の家族に対しても、
決して良い扱いをしてこなかった自分を省みる機会になりました。
考えすぎかもしれません。
でも、娘が祖父の存在に気づかせてくれたのだと思っています。
だから、感謝しています。
そして、この話には続きがあります。
2024年の番外編として、
もう少しお付き合いください。


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