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2024年の番外編。
前回、祖父のことを書いたのは、これからお話しする出来事に関わっているかもしれないと思ったので、前提として、どうしても必要でした。
2024年10月26日。
僕は渋谷でのサロンワークのため、東京にいました。
いつものように仕事を終え、そのまま友達との飲み会へ。
都内に住む関西出身の友人が、間借りでバーテンダーをやるから飲みにおいでよ、と誘ってくれたのです。
東京に来ると集まる、いつものメンバーと飲み会スタート。
しばらくして、そのバーテンダーの友人の友達3人が来店しました。
カウンター席で空いていたのが、僕の隣から3席。
自然な流れで、その並びに着席。
時間が経ち、お酒も進み、心地よく酔っていたそのとき。
隣にいた女性が突然、
「ってか、ゆうやくんやんなー!?
わたし、○○ー!◇◇の元カノー!」
「えええええええ!!!!」
まさかの再会。
地元の友達の元カノで、当時何度か会ったこともあり、
僕の元嫁や娘のことまで覚えていると言う。
一気に酔いが覚めました。
そして、思い出したついでに、時期も時期だったので、気になっていた娘の進学のことを聞いてみようと、思い切って元嫁に連絡をしました。
すると、思いがけない返信。

いてもたってもいられず、中座。
離婚以来、12年ぶりに元嫁と電話をしました。
幸い、娘は落ち着いており、高校への入学も決まっているとのことで、ひとまず安堵しました。
ここからが本題です。
電話の中で、元嫁から不思議な話を聞かされました。
彼女は元来、スピリチュアルや占いを一切信じないタイプ。
迷信など取り合わず、我が道を行く根明の陽キャ。
そんな彼女が、娘の不調の原因が分からず、友達に勧められて占いに行ったというのです。
その時点で驚きでしたが、占い師さんはこう言ったそうです。
・娘さんの性格は父親譲り
・自己肯定感が低いのもその影響
それを聞いたとき、僕に謝ろうと思ったらしいです(笑)
(占い師さん、ありがとうございます)
婚姻中、一度も謝られたことなんてなかったのに、
まさかの12年越しに「あの時は辛く当たってごめんね」と。
戸惑いながらも、
「分かってくれてありがとう」と思いました。
そして占い師さんは、さらにこう続けたそうです。
「娘さんのお父さんの父方の御先祖様にに、ちゃんと弔われていない方がいらっしゃいませんか?」
……え?
じいちゃんやん。
祖父は、病院で亡くなる際、
「自分には子どもも家族もおらん。」
と言って息を引き取ったそうです。
散々家族に迷惑をかけ、独り身になったからこそ、
最後まで迷惑をかけないようにした、不器用な思いやりだったのかもしれません。
通夜も葬式もなく、無縁仏。
父や叔母だけでなく、孫の僕も手を合わせることなく、この世を去った。
占い師さんの言う“ちゃんと弔われていない方”でした。
電話口でそのことを伝えると、
ノンスピリチュアルな元嫁もさすがに驚いていました。
電話を切ったあと、すぐに父へ連絡。
祖父の写真、形見の時計、戸籍謄本の写真を改めて送ってもらいました。
コロナ禍のときにもらってはいましたが、当時は名前と没年だけしか見ていませんでした。
改めて、出生地、婚姻履歴、離婚歴、除籍の記録まで、隅々まで目を通しました。
そして、気づいたのです。
祖父の命日。
平成参年拾月弐拾六日。
――平成3年10月26日。
僕が元嫁と12年ぶりに電話し、
娘の不調を知り、
“弔われていない方”の話をした日。
ーー令和6年10月26日。
同じ日だったのです。
偶然かもしれないけど、ほんまに偶然とは思えなくて…
僕は、祖父が知らせてくれたのだと思っています。
以来、不定期ではありますが、元嫁とも以前より連絡を取るようになりました。
昨年の誕生日には、高校の入学式の写真と、最新の娘の写真を送ってもらいました。
元気になって、本当によかった。
パパの繊細で不器用な性格を遺伝させてごめんね。
でも、その繊細さはきっと武器になる。
あの日の電話で娘の“好き”を知れたから、
高校卒業後の進路を、陰ながら応援できるよう動いていきたい。
元嫁にも、女手一つで、真逆の性格の繊細な娘を育ててくれて感謝しています。
この出来事が、今の働き方や動き方にも確実に影響しています。
おまけ話。
電話の1週間後、神在祭の時期に出雲大社へ参拝しました。
その前に、縁結びで有名な八重垣神社にも立ち寄り、鏡の池で縁占いをしました。
一緒に行った友人たちは、
・北東に縁あり
・肩の荷を下ろして吉
などの結果。
さて、僕は――


『先祖を大事にせよ』
こんな事あります?笑
じいちゃん。
大事に想ってるよ。
あの日以来、参拝のたびに家族全員へ感謝しながら手を合わせています。
ありがとう。
次回、いよいよ2025年へ。
お楽しみに。


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