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遡ること、2014年1月。
現在も吉本新喜劇で活躍中の太一郎さんとの出会いも、前回の記事の登場人物であるchiakikoharaさん同様、西野さんがキッカケでした。
西野さんと大阪でお食事をさせていただく機会があり、その際に、
西野さん
「佐藤太一郎っていう吉本の後輩と飲んでるから、一緒に飲もう」
となり、そこで初めて太一郎さんにお会いする機会をいただきました。

その後、単独企画の舞台を観に行かせていただいたり、新喜劇の合間にお茶をご一緒させていただいたりと、いつの間にかプライベートでも仲良くさせていただくようになりました。

そんなある日、太一郎さんに“ある相談”をしたくて、何度目かのお食事の時に、思い切って切り出しました。
僕
「お世話になった西野さんや太一郎さんと、一緒にお仕事がしたいんです。
僕にできることはヘアセットなので、西野さんなら漫才の出番、太一郎さんなら新喜劇の舞台で、ヘアセットをさせてもらえる機会が欲しいんです!」
正直、“ど”がつくほど厚かましさ全開の直談判でした。
ところが──
太一郎さん
「気持ちは分かるけど、吉本には専属の人がおるからな。祐也がそこに入るのは正直、難しいと思うで……」
僕
「ですよね……」
と、諦めかけたその時。
太一郎さん
「でもな。吉本の仕事を祐也に任せることはできへんけど、
“一緒に仕事したい”って言うなら、俺とか西野さんは舞台に上がれるやろ?
その“舞台”を祐也が作ったら、それは“一緒に仕事する”ことになるんちゃうか?」
その一言で、
「呼んでもらう」のではなく
「呼ぶ側になる」
という選択肢が、目の前に現れました。
ただ……
美容師として復帰して間もない僕には、お二人を呼べるだけの“お金”がありませんでした。
そのことも正直にお話しすると、
太一郎さん
「今、勤めてる会社の社長にスポンサーになってもらったらええやん」
僕
「え!? 勤務して間もないのに、そんなの無理ですよ!!」
太一郎さん
「今から頑張ったらええやん。
今すぐできへんのやったら、いつか祐也が『やりたい』って言った時に、
社長が首を縦に振りやすいように、祐也自身が結果出せばええやん」
僕
「……確かに、そうですね」
その瞬間、
「今すぐ結果が出ないなら、絶対に結果を出してみせる」
という決意に変わりました。
太一郎さんとの約束を果たすため。
福田さんが首を縦に振りやすい状況=僕が結果を残すこと。
『完全復帰』の時に誓った
「Tetoteを、より良くしたい」
その想いを胸に、
西野さん
太一郎さん
chiakikoharaさん……
這い上がってくる過程で関わらせていただいた方々と、
「何かがしたい」
そんな野望が、はっきりと形になっていきました。
後日、福田さんにこう伝えました。
「今すぐではないですが、Tetoteの名前を使って、西野さんたちとイベントを企画したいです。
そのためにも、今よりもっと納得してもらえるように頑張ります!」
根拠なんて、何一つありませんでした。
目標だけを口にしました。
すると──
福田さん
「いいね〜。楽しそうやから、やってみよっか。」
返事、早ない!?((((;゚Д゚))))
こうして、
【Tetote初のイベント企画】がスタートしました。
今だから明かせる話ですが……
Tetote初のイベント
『TETOFES vol.1』
実は、企画から開催までに
1年かかりました。(笑)
スケジュール調整から何から何まで、
本当に大変でした。
結果的に、背中を押してくれた太一郎さんは新喜劇のスケジュールと合わず、
“同じ舞台に立つ”ことは叶いませんでした。
それでも、あの時の太一郎さんの言葉がなければ、
この企画は生まれなかったし、
きっと僕は動けないままだったと思います。
その後も何度か太一郎さんの舞台を観に行かせていただき、
僕と西野さんを出会わせてくれた
『グッド・コマーシャル』
の舞台も拝見しました。
何度も、何度も、何度も。
最後の“あの台詞”を聞くたびに、涙が止まりません。
僕の大切な思い出『TETOFES』。
開催する動機をくださり、本当にありがとうございました。
そして、『TETOFES』を企画・進行している最中、
“あのブランド”が東京に進出することになり、
お手伝いさせていただくことになります。
続きは、次回。



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